ホッカイドウ競馬(北海道道営競馬)は1948(昭23)年、帯広競馬場にて開幕し
北見、旭川、小樽、室蘭の各競馬場で計25日開催され、260レースが行われた
そのひとつ小樽とは
オタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)というアイヌ語から転化した呼び名で
昭和10年、三菱鉱業株式会社が手稲鉱山を開き、金山の名にふさわしくたくさんの金が取れるようになり
人口も増え、仕事もたくさんあり商業も盛んだったという
またここは、地方競馬法改正に尽力した衆議院議員:小川原政信氏の居住する場所でもあった
1948(昭23)年:後志支庁管内の中から選ばれたこの地で第一回小樽競馬が開催される(主催:北海道)
戦争中に金銀を掘りすぎたことが理由で鉱山が縮小されはじめ
徐々に金山は火の消えたようなところになってきた
また、当時の道営競馬は馬不足や暴力団の介入など幾多の問題をも抱えていた
1953(昭28)年:北見市、岩見沢市、帯広市、旭川市の4市による市営競馬が発足たことや
折からの競輪ブームの煽りを受け、売上不振に陥った小樽競馬場はついに廃止に至った
同年:国営競馬の札幌競馬場を借用することにより道営主催の札幌競馬を開催させる
現在、馬場は小樽カントリークラブの旧コースとして当時の面影を消し去っている
北海道小樽市銭函
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